そうやんな、いややんな

子どもの水泳教室の送り迎えをしています。1時間の間なので教室の中で待っています。他のパパさん、ママさんもおられます。

 

ある日、パパママと同じように待っている男の子がいた。小学校低学年くらいだろう。兄弟が教室に行っている間、待っているらしい。ママ友が聞く。

 

ママ友「あれ、◯◯君はプール行かないの?」

男の子の母「◯◯はプール好きじゃないみたいで」

 

私がママ友ならば「そうなんや~、〇〇君も習えばいいのに~」か「そうなんや~、待っている間退屈やなぁ」か「そうなんや~、じゃ◯◯君は他に習い事してるの?」か「そうなんや~、そりゃ誰にでも好き嫌いあるもんな」程度で会話を続けるような気がする。

ところが、その会話を聞いていた別のママ友が男の子に向かって

「そうやんな、いややんな、プール。」

「そうなんや(プールがきらいといことを初めて知りました)」ではなく「そうやんな(前々からそのプールが嫌いな気持ちを知っていて理解していますよ)」ってな感じ。それをえらーく(私はプールの辛さわかってますよ)的な理解ある口調で同情?し始めた。

もしこのママ友が小さい頃いやいやプールに通わされた思い出があるので、この男の子に共感できるというならわかるけど、なんかそういう口調でもないんよね。前々からそのプールが嫌いな気持ちを知私はあなたの感情を理解してます感を過剰にだすというか。私にはとっても違和感があるんですよね、その過剰感。

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こういう発言ってなんで起こるんでしょうかね。共感してますよ、の過剰感。一種の優しさなんだろうか。

実はおんなじような口調を実家に帰ったときに私の姉もしてくるんですよね。だから余計に気になる。母親特有の感情もしくは口調なんだろうかねぇ。母親特有の処世術なんだろうか。あなたの感情理解できますよ、って発言や態度はいいんですよ。でもそれが過剰だと違和感になってくる。「こっちの苦労あんたそんなに知らんでしょ」、とか、「気を遣って言ってくれてるんだなぁ(かといって別に嬉しくもないが)」とかいうふうに思ってしまうんですよね~。なんだかな~。

 

もちろん当人は深い意図なくそんな発言をしているんだろうけどね。悪い意味でもない。