父親が亡くなった

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もう一つの転換は父親が亡くなったこと。

私に多大なる影響を与えた父ですからね。

仕事をやめてからの父というのは明らかに人としての衰えが来ていました。

腰が悪くて動けなくなり、歯が悪くなり、ほぼ総入れ歯にし、食べることもできづらくなり、と同時にだいぶ認知機能も衰えてきて、言葉も出なくなり。。こんな事を言ってはいけないのかもしれませんが、もはや生きる意義を見いだせない晩年だっったのではないでしょうか。そんな晩年でもいまだ「こんな俺でもプライドがある」などと話していたそうですが、父親がおむつを付けながら生活していると聞いたときにはそのプライドすらズタボロなんじゃないか、と想像したり。

ですので、言い方は難しいんですが、私は父親にこれ以上長生きしてもらわなくても…と思っていました。もう平均寿命も越えていますし、これ以上生きても楽しいことがなさでした。

 

家族はもう少しできることがあったんじゃないか(長生きできるようにしてあげられたんじゃないか)とか、入院するときにはまだ帰れると思っていたんじゃないかと言っていましたが、うーんどうだか。そんな思考力があったのかどうか。まぁこれは神のみぞ知るでしたね。

 

入院してから2度お見舞いに行きましたが、どんどんと痩せてしまい死に着実に近づいていく父の体を見ると、悲しい気持ちになりました。お見舞いの席には我が子も同席してましたが、我が子がいなければ泣いてしまっていたかもしれません。

あの姿を見たくないがために、正直言うと2度目のお見舞いは行きたくありませんでした。家族が行くと反応しただとか、話したとか言うのですが、私が言ってもほぼほぼ反応なし。コミュニケーションが取れず、行ったところで悲しい思いをするだけ。意思疎通ができないのでは辛いばかり。

 

ですので父が亡くなったと聞いて、あぁ、これで一安心だ、とさえ思いました。悲しい、と思う気持ちはあまりなかったなぁ。

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そうでなくても、厨二病みたいですが私はかなりドライな人間。そういった親

愛みたいなもんはほぼなくて、きっと父の死に際しても涙を流さないんだろうなぁと思っておりました。