私、便所飯おこなったことがあります。
人生において1,2回かな。7年ほど前でしょうかねぇ。
外回りから帰ってきて、なんか中途半端な時間で会社そばのコンビニで昼飯買って、さぁどこで食べようかなってな段階だったかな。
帰って上司にわけわからん絡みされるのがいやだったのか、ただ単にその時期の上司が嫌いだったのか忘れましたけど、便所で食べました。いやぁ、やっぱり便所で食うのはメンタル来るねぇ。汚いところで食事ってのがなんともね。病んでましたね。激病み時期ではなかったと思うけどね。そういうのも一つの経験だ、なんて客観視する余裕がありましたから。虚しい思いはありましたけどね。
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さて今は当時よりも病みがきつい。
もう普通に家に変えるのも嫌になって、便所飯するような便所もなければ飯もないし、あぁ、これはあかん、一人で心落ち着ける場所が必要だと神社に行くことを思いつきました。
henkendameningen.hatenablog.com
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私が勝手に氏神様と認定しているこの神社です。
おそらくは人も来ない夜の神社に行く。寝っ転がってぼーっとする。それしかあるまい。
と帰り道で思っていました。
普段使っている、自宅からの最寄り駅で降りるか…。それともその一つ手前神社に近い方でおりるか…。
一旦家に帰ってから神社に行くという選択肢はない。神社で一旦ぼーっとしたいなんて家族に知られたら大変だ、さすがに心配されるでしょ。
どっちの駅で降りるべきか。。というか、どっちの駅からも歩いてそこそこ遠いんですよね。
うーん、面倒になってきた。
一人でぼーっとするだけなら一個手前の駅で降りればいいか。道路から離れた場所にベンチがあるし、人も通らないでしょう。
てことで帰り道にそのベンチでボーっと座っておりました。何を考えていたんだろう。昨日のことですが、思い出せません。人生のこととか、人を恨む話だとか、後悔した話だとか、今となっては夢想が尽きませんが、昨日何を考えていたのかは思い出せない。涙が出てくるほど悔しくて悲しいのに、涙は出ないもんだねと思ったのは覚えている。
座ったときには街の灯りが案外明るいなと思った記憶。その後、犬の散歩をしている人が寄ってきたなぁ。
いつ、帰ろうかと思いついたかも覚えていない。時計を見たわけではないと思う。なんとなく、もうええかな、と思ったんだ。その時には時間が経過して街の灯りが暗くなったなと思った。
あぁ、病んでいますね。