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告別式が終わって、もちろんまだ忌引期間中は実家にいます。兄弟もいます。
母親も含めて兄弟でゆっくりとお話。兄弟が結婚して、私も結婚して以来、こんな機会なかったなぁ。今後もきっとないんだろうなぁ。
色々とお話しました。やはり父の話が多かったかなぁ。
激しい性格だった、変わり者だった。
そうそう、そうだった。うちの父親はそうだった。最近の記憶といえば丸くなった父親のイメージしかない(~呆けてきている父親)が、そうだったんだよ。
と思ってはいたけれど、一人の兄弟いわく、初めての子ども(私の父親から見れば孫)が生まれたときは本当に可愛がってくれた、よく遊びに連れて行ってもくれた。そのことを思い出すと今でも涙が出てくる、と話していた。
そうかそうか、そういう時代も会ったんだなぁ。よく遊びに連れて行っていたってのは私にはピンとこない。その頃私は大学生で、甥っ子のことなど考えもせずに遊び回っていましたからね。しかし当時、ショックだったことは覚えている。実家に帰ると、兄弟が親の顔をしており、母親はおばあちゃんの顔をしている。しかし、そこそこ厳格っぽい私の父親がたしかにおじいちゃんの顔になって孫にスリスリしている姿が、普段の姿と全然違ってショックだったのだ。これはよく覚えている。かわいがっていたんだよ、昔は。
そしてそんな父親のことを一人の兄弟は尊敬しているところがあった、と言っていた。確かにそんなイメージ。
でももう一人の兄弟は父親のことが大嫌いだったんだそうだ。父親のせいでいじめられたこともあったとか、父親の仕事に振り回されたことがあったとか、父親の父権主義が嫌だったとか。
これもイメージがないなぁ。
そうそう、もう一つ父親絡みでショックだったのは一番上の兄弟の結婚のときには父親は泣かなかったけれど、二番目の兄弟の結婚のときには父親が泣いたんだよね。
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人生において母親が泣くのも珍しいことだが、父親が泣くのを見たのはこのときだけだった。だからきっと父親は2番目の兄弟のことはとっても好きだったんだろうなぁと思ったのですが、というか、もちろん子どものことは愛していたと思いますが、その愛情は伝わっていなかったのかもしれませんね。
2番目の兄弟はそこまで父親が嫌いだったのにグレることはなかった。この不思議さを研究したい、と大学では心理学を勉強したんだ、と唐突に告白してきたこともびっくりした。たしかになぜ心理学を勉強するのかとか、意味がわからなかったもんなぁ。
その他、父親の仕事のことで私が犯罪に巻き込まれそうになったので警察の人にも相談した話とか。
私の成長を父親はかんなり独特な方法で喜び、それを周りの人に伝えたとか。なーんかいろんな私の知らない話が出てきましたよ。
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私は家族のことを全然知らなかったんだなぁと実感。これには色んな原因があるはずなんですが…。