父親が呆け、体の自由も効かなくなってきた時のことである。介護をしている母親の態度がわるくなった。ことさらに機嫌が悪くなった。口が悪くなった。
そんな母親を見て私は悲しくなった。いつも良心的で優しい母親…てなイメージがあったからだ。しかし、よーく思い出してみると大人になってからは、というか思春期に入ってからは
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深い会話を避けているからそんなイメージがあるだけで、幼少期の母親はかなり激しかった。私が生まれる前はもっと激しかったと兄弟たちからも聞いている。それに戻っただけかもしれない。
しかし、父介護中の母はそれにも増してきつかった。
そばで介護をしている姿を見ている兄弟にはもっと苛烈に映ったらしい。父に対する母の態度が厳しすぎる、と。
兄弟いわく、母親は父親に意趣返しをしているんじゃないか、と。
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以前にも少し書いたことですけどね。
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こんな感じの亭主関白行き過ぎの父親だったしなぁ。
じつは私、母親の実家にあんまり行ったことがありません。父親が行くなと言っていたらしい。嫁いだもんは嫁いだ家に尽くすべき、という考えだったのか。もしくは母親がいなければ何にもできない自分(洗濯物を洗濯機に入れることもできない、一人でご飯が食べられない、電子レンジでチンすらもできない、外食すらも危うい)が一人にされては困るという考えか。
兄弟いわく、母方祖父が亡くなったとき(亡くなる前)も自由には帰してくれなかったらしい。それどころか実際に亡くなったときには「こんな忙しいときに亡くなって」というような暴言まで吐いていたとか。
いや、普通に離婚事案だと思うんだが。
そんな態度を取っていた父親に対する意趣返しなんじゃないかと思っていたらしい。
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こんな具合だったもんなぁ。